Fate/hollow ataraxia発売記念SS

First Name

俺と遠坂がロンドンにやってきて、早いものでもうすぐ1年になる。今では慌ただしいながらも二人で楽しくやっているが、こちらに来る前は相当な難儀をしたものだ。

 まず、俺の保護者たる藤ねえの壊れっぷりといったら、流石の遠坂もちょっとたじたじとしていた位だった。大声で暴れたと思ったら、俺に抱きついたまま離そうとしないし、それを見ていた遠坂は明らかにむっとしていたし。いったい俺が何を?と思ったりもしたのだが、まぁ二人で決めた事だから仕方がないんだが・・・。

 なんとかなだめすかしたと思ったら、今度は桜の番だ。桜はぱっと見はにこにこしていて、普段と変わらなかった。が、おでこに出来た怒りマークと、背後からたちこめる「ふーん」ってなオーラは、ライダーの魔眼に睨まれた方がまだマシだと本気で思うほどで、体の穴という穴から変な汗がどばっと噴き出したのを覚えている。今でも思い出すとぞっとする程だ・・・。

 まあ、なんだかんだありつつも、俺は五体満足でその場を切り抜けられたし、当の二人も半日かけて落ち着かせた。これも影ながら(というかほとんど)遠坂のお陰でもあったのだが、それはまた別の話で。


 そんなこんなで、ある意味修羅場だった夏が過ぎ、それから半年ちょっと、卒業と同時に俺と遠坂はここロンドンへと旅立った。勿論目的は遠坂の留学。聖杯戦争での功績が魔術協会の目に留まる事となり、協会から直接お声が掛かったという訳だ。
 一方、俺はまぁ一応お付きというか、なんというか。そもそも魔術師でない「魔術使い」じゃ、留学どころの話では無い。これも遠坂が(いつもの強引さで)一緒に連れて行くと言って譲らなかったからなのだ。
 もっとも、遠坂が俺を選んでくれたのは嬉しいし、俺も遠坂と一緒じゃなかったらイギリスまでは来なかっただろうし。本音のところ様々な心配はあったのだが、文字通り遠坂に引きずられるが如くロンドンまでたどり着いてしまった。



 とある朝のことだ。いつものように隣に遠坂の体温を感じながら、今日は日曜日だとばかりに惰眠をむさぼっていた。何となく視線を感じて、ふと隣を向くと、実に爽快な、且つ微笑ましい遠坂の笑顔が目に入った。
 いつもなら寝起き最悪、これが普段の凛々しい遠坂かと思うくらいの顔つきなのに、今朝は一体どうしたっていうんだ?

 「士郎、おはよ。」
 「・・・ん。おはよう。」
 ちょっと訝しい顔つきになっていたんだろう、遠坂が一言。
 「どしたの?そんな顔して・・・。私、どこか変?」
 「いやいや、全然そんなことは無いぞ。遠坂はいつも綺麗だ。」
 「・・・ちょ、ちょっと。そんな真顔で言われちゃうとな・・・。」
 「いや、本心でそう思ったから、そういったんだけど。」

 なんていうか、いつもの事ながら、耳元を軽く赤らめながら、照れた感じの遠坂には思わず息をのんでしまう。これが夜ならきっと、いやいや、いかんいかん。心持ち、こっちも顔を赤くしながら遠坂から軽く視線を逸らしてしまう。

 「ま、いっか。で、士郎。さっきの続きなんだけど?」
 「ん?なんだ?」
 「さっき、おはよって挨拶したとき、ちょっと変な顔したけど、どうしたの?」


 ・・・話題が振り出しに戻ったか。

 「いや、な。いつも遠坂って寝起き悪いだろ?悪いというかなんというか、そのあまり機嫌が宜しくないというか・・・。」
 「・・・はっきり言ってもいいわよ。それは紛れもない事実なんだから。でも、それだけ?」
 「んー、なんていうかさ、そのいつもの遠坂とは違って、すごくはつらつとした顔つきだったから。なんだか普通に起きてる時の遠坂っていうか。」

 やばい。ちょっと言い過ぎただろうか・・・ってあれ?にこにこしてるぞ。

 「ふふーん。どうしてだか知りたい?」

 ・・・む。これは聞かないと怒るよっていうことなんだろうな。段々遠坂の性格が掴めてきたような気がするのは何故だろう・・・。

 「うん。今日はどうしたんだ?」
 「それはね・・・。朝、目が覚めたら隣に士郎がいて、幸せそうな寝顔で。そんな士郎を見ていたらこっちまで幸せな気分になっちゃって。」

 まて、遠坂。そんな一点の曇りもない満面の笑顔でそんな事言われたら、心肺停止を通り越して英霊化決定してしまうぞ。
 しかも本人はまるで意識していないんだから・・・。本当に素直に、幸せを感じているっていうのが伝わってくるのはとても嬉しい。が、恋人同士になって1年以上経った今でもドキドキしてしまうんだから・・・。きっと俺のこんな気持ち、わからんのだろうなぁ・・・。

 「それにね、士郎。まぁだいたい朝は同じような感じだけど、こんな『日常』が続く幸せと、いつまでもずっと続いて欲しいっていう私の願望でもあるの。
 だから、こうやって士郎と、・・・同じベッドで朝が迎えられるのが、とても幸せで。」

 神様、御願いです。遠坂を止めてください。このままでは俺の命がいくつあっても足りません。こうやってる今でも心臓バクバクで、血の流れが異様に速く感じてしまいます・・・。


 「あ、あの、遠坂?とっても嬉しいんだけど、その、なんつーか恥ずかしいんだが・・・。」
 「ふふっ。照れてるの士郎?かわいーんだから♪」
 「あぁ、もう!そうやっていつも遠坂は俺をからかって。」
 「あら、からかってなんか無いわよ?私はいつだって本気。協会にいるでも、こうやって士郎と一緒に
  居るときでも、いつでもね。」

 ちーん。衛宮士郎は遠坂凛に息の根を止められました。もう立ち直れないかもしれません・・。


 「・・・ところでさ、士郎。・・・士郎?」

 はっ。いかんいかん、遠坂があまりに恥ずかしい事を言うモノだから、ちょっと遠い世界へ旅立ってしまったようだ。

 「ん?ど、どうした?」
 「んとね、前から聞きたいなって思っていた事があるんだけど?」
 「・・・なんだ。とりあえず言ってみてくれ。」

 こんな事の後だ。どんな事を聞かれるのやら。ホントに心臓が止まったら責任とってくれるのか?

 「どうして士郎って私のことを『遠坂』って呼ぶのかなって。」








 ・・・へ?なんですと?

 「・・・え?」
 「いや、え?じゃなくてね。なんで『遠坂』なのかなって。だって私たち、恋人同士なのに・・・」

 ・・・あの、頬を桜色に染めて上目遣いで聞くのはやめてくれ、遠坂。また意識が飛びそうになる。




 「・・・ん?」
 「あぁ、もう!ん?じゃなくて!なんで士郎は私のことを『凛』って呼んでくれないのか聞いてるのよ!全く!」

 やばい。逆切れされたよ。段々遠坂のペースにはめられているような予感・・・。

 「いや、何故って言われても。俺はずっと遠坂って呼んでたし。その方が違和感が無いというか。遠坂は『遠坂』って呼ばれるの、イヤか?」
 「・・・あのね、イヤとかイイとかじゃ無くて。私が『士郎』って名前で呼んでるのに、士郎は私の事を『遠坂』って呼んでるから、ちょっと他人行儀な感じがするっていうかね・・。」
 「そんなことはないぞ。遠坂って呼んでたって、その、俺たちは『他人』じゃないんだし。」
 「・・・・・・。」

 ど、どうしたんだ。急に黙り込んじゃって・・・。とてもいや~な予感がするんですが。

 「・・・・・・。」
 「あ、あの、遠坂?俺、なんかまずいこと言ったか?
 「・・・・・・。」
 「おーい、とおさかー。」
 「・・・士郎?」

 まずい、こりゃ相当怒って・・・ってあれ?遠坂、なんか頬を伝うものが、って涙っ!?

 「私はね、こうやって士郎といるだけでも確かに幸せを感じてるの。それは聖杯戦争が始まった時から、多分感じてた。うん、表面的には認めなかっただけで、確かに私は衛宮士郎の事が好きだったの。」
 「・・・。」
 「私って素直じゃ無いからさ、いつも士郎に食ってかかったりして。聖杯戦争の最中は、士郎のことが信じられなかった事もあったっけ。
  でも、心の奥のどこかに、やっぱり衛宮士郎を想う気持ちがあった。だから、今こうして士郎と二人で居ることが出来るんだと思うし、これからも二人で一緒に、って真剣に考えてるの。その、士郎がイヤじゃなかったらね・・・。」

 全く、どうしたもんだろう。協会のお偉いさん方をヒヤヒヤさせるくらいの魔術の腕を持つ遠坂、名前の通り凛として活発、学友にも人気のある遠坂、笑顔を絶やすことの無い遠坂、それが今、俺のすぐ傍で肩を震わせながら、涙を流しながら切々と胸の内を繰り出している。

「遠坂・・・」
 俺は遠坂の涙を指でぬぐってやった。そしてやっと、少しではあるがほほえみながら遠坂がつぶやいた。


 「それにさ、やっぱり恋する乙女としては、彼からファーストネームで呼ばれたいって思うじゃない?」


 ああ、俺ってやっぱり鈍感だったんだな。だって、遠坂は、魔術師である前に一人の立派な女の子なんだって今頃気がつく位なんだから。「このとーへんぼくっ!!」って言われても当たり前か。

 「俺は・・・。」
 「?士郎?」
 「いや、俺も遠・・凛と一緒に居られるこの今がとても幸せに感じるし、そしてこの先、もし凛と一緒にいられるのなら、それは俺にとって極上の時間(とき)だと思うよ。」
 「・・・しろう。」
 「なんつーか、ごめん。俺、今まであまりに凛の事を意識しすぎて、すげー基本的な事を忘れてたよ。
  凛から言われなきゃ気がつかないなんて、確かにとーへんぼくだわ。」
 「・・・士郎!」
 「はは。遠坂から凛へ、か。うん、悪くない。いや、すごくいい響きだ。改めてよろしくな、凛。」
 「うんっ!こちらこそよろしくね、士郎!!」

 刹那、今までで最高の、一点のくすみもない極上の笑顔を繰り出した凛に、俺はしばし見とれる事になったのだった・・・。


 「さて。朝食も済ませたし、出掛けるわよ、士郎。準備はいい?」
 「へ?せっかくの日曜なのにお出かけか。ちょっとはのんびりと・・・。」
 「いいの!!せっかくの日曜日なんだから、士郎は私とデートするの、文句は言わせないわよ!!」

 やれやれ、俺の大切なお姫様は大変わがままでいらっしゃるご様子で。でも、そんな凛の、本当の姿を俺は知っているから・・・。だからこれからもずっと一緒にやっていけることだろう。

 そう、二人は永遠に・・・寄り添って生きていくのだから。

Fin

あとがきのようなもの

 どうもJokerです。Fate/Hollow ataraxiaの発売、首をなが~くして待っておりました。あまりに嬉しくて勢いだけでSS書いちゃいました(笑)

 今回はUBWのTRUEエンド後を想定してます。Fateの王道ヒロイン、セイバーは出てきませんがご了承を。

 で、Fate本編をプレイ中もプレイ後もちょっとした疑問に思っていた事があったんですよ。それは、どうして士郎は「遠坂」と呼ぶのか。まぁ士郎の性格を考えると仕方がないのかもしれませんが(そこはギャルゲ主人公の基本、「鈍感」ですからね)、どうもすっきりとしない。なぜ桜と同じようにファーストネームで呼ばないんだろう・・・。だったら自分で書いてしまえ!的なノリで今回は執筆しました。

 ネタを考えついたのは仕事中(笑)。以後、ほとんどずっと構想を練ってました。お陰で今週は仕事の進捗が悪いこと悪いこと。部長、すいません・・・(^_^;)

 士郎じゃないんですが、おそらく笑顔の凛や上目遣いの凛にはかなわないと思います。士郎のどきまぎする様子がとても他人事とは思えません(爆)。だからこそ、一層、士郎に「凛」と呼ばせたかったんだと思います。
 ま、私なら喜んで凛凛呼んでるような気がしますけどね。それで逆にうるさがられたりしてw